2009年1月23日 (金)

プチ鉄子、温泉へ行く part6

さざえ堂から降りてバスを待っていたわたしはあせっていた。
バスの中でも走らんばかりにあせっていた。予定通り駅に着かないと、
喜多方への電車に間に合わない。乗り遅れると次の電車は1時間後だ。
幸い、バスはほぼ予定通りに到着した。ホームまで走る。

間に合ったぁ! ほっとしながら座席につくと、車掌のアナウンスが聞こえた。
「この電車の発車は、遅れている郡山からの電車の到着を待ってからとなります」
強風のため、郡山-会津若松間で速度制限がされているという。遅れは約30分。
エーっ! ただでさえ短かい喜多方での滞在時間がさらに減る。
しかも、ここで遅れているということは、今後の電車も全部遅れていくということでは?
それじゃぁ、予定がたたないじゃん! こまったなあ。。。

でも、ものは考えよう。どうせ1時間に1本しかない電車。
多少遅れても、1本あとの電車に乗ったと思えば同じこと。
きょうのうちに帰り着けばいいわけだし。

そう決めたら、あせる気持ちも落ち着いた。
ゆったりとラーメン食べて帰ろうぜ!


喜多方の駅前もやはり静まりかえっていた。
こんな日に外を歩く人などいない。
それでも、わたしは歩かなければならない!
やっぱり、ラーメンだけでは帰れない! 
気持ちを奮い立たせ、ひとり歩き始める。

P1040102
なぜか、駅前の大きな通りに雪がない。見ると、通りの中心線から水が出ていた。雪国では道路の雪をとかすために水を流すとは聞いていたが、実物を見るのは初めて。会津若松では気がつかなかったなあ。

夏になったら東京でもこうすればいいのに、と思う。ヒートアイランド現象抑止に絶大なる効果があると思うんだけど。。。
ダメですかね。



喜多方はラーメンだけでなく蔵の町としても有名だ。
酒造りや醤油造りの店も多く、町のあちこちに古い
店構えの建物が見える。
雪の降り積もった路地を、時には猛烈に風の吹く中を、
ひたすら歩き回る。  
ほとんど執念。

P1040104_3  P1040106_2    



P1040110_2
ひと通り町を見てまわって、
いよいよラーメン。
伺ったのは、こちらのお店。   
中に入るとお客でいっぱい。
競合有名店がいくつか定休日
なので、そちらの客もまわって
きているのかもしれないが、
かなり人気者のようす。
後から後から客が入ってくる。
外はあんなに静かだというのに
この人たちはいったいどこから
湧いてくるのか?




出てきたラーメンはこちら。普通の「中華そば」。
「チャーシューメン」を注文している人も多かった。
確かに、チャーシューはうまい、かも。
P1040109

わたしはラーメン通ではないので味の評価はできない。するつもりもない。
東京に住んでいれば、今やラーメンに限らずどんな味でも食べることができる。
喜多方だって、尾道だって、博多だって、札幌だって、なんでもござれだ。
わざわざ喜多方まで来なくても、喜多方ラーメンは食べられる。
とりあえず、それがわかった。ご当地ものは、もう現地に行かなくても手に入る。
それがなんだかちょっと淋しいかなあ、という味がした。


予定通りの時刻に駅に行くと10分遅れで電車が出るという。
はたしてダイヤ回復か?とも思ったが、会津若松に着いたら、次の電車は
やっぱり1時間後だった。仕方がないので、駅の構内をぷらぷらしていたら、
一軒の蕎麦屋に「揚げまんじゅう」の文字を見つける。朝の武家屋敷でも、
「会津名物・天ぷらまんじゅう、略して天まん!」という看板を目にした。
「天まん」って、何? 時間つぶしも兼ねて入ってみることにした。

P1040113_2 こちらが、その「天ぷらまんじゅう」。
文字通り、まんじゅうが天ぷらに!
なんですが、これが意外とうまい。
中は何の変哲もないまんじゅう。
でも、外の衣がかりっとしていて
すこぶる美味しい。
「お持ち帰りもあります」とあったので
思わず買いそうになったが、冷めた
衣を想像したら怖くなったので、
思いとどまる。でも、ほんと言うと、
また食べたい。




1時間遅れで到着した郡山で、さらに1時間待つことになった。
青春18きっぷのいいところは、こういうとき改札を自由に出入りできること。
暖かい駅ビルの中をうろうろ歩く。郡山の駅ビルはかなりの充実ぶりだ。
どこからかプーンといい匂いがしてきた。ワッフルの店だ。ガラスケースの
中を見ると、モンブランにラムレーズン、ベルギーチョコにクリームチーズ。
その他にもクリームの種類がいっぱいあって、楽しそう。目が離れない。
今回の旅も、「天まん」あたりでかなり「B級グルメの旅」くさくなっていた。
ここまで来たら、それに徹しようじゃないの!
で、悩みに悩んで買ったのが、こちら。
かぼちゃと生クリーム。(家に帰ってから食べました)
P1040118


さて、そうなれば宇都宮でやることは決まった。そう、ギョーザ。
宇都宮だって、もう二度と来ることはないかもしれないんだから。

P1040114 さすがに宇都宮だけあって、改札を出てすぐの駅ビルの中に餃子店が並んでいた。
ラーメン同様、うまい餃子なんか今やどこにでもある。でも、ご当地グルメのいいところは、どこでも、気楽に、思いついたらすぐに食べられ、しかも競争の激しさゆえに確かに味が底上げされるということなのだ。

P1040115

今や「お取り寄せ」で何でも手に入る時代。
でも、思いたったら3軒隣りにいつも思い通りの味がある。
その方がうれしいかな、って思う。


さてさて、プチ鉄子の温泉の旅もこれにて終わり。
長いような短いような、やっぱり長いような2日間だった。
もう1日早く出ていれば、両日とも大快晴だったのかもしれないが、
ふだんなかなか見れない大雪が見れたのだから、ここはやっぱり、
これでいいのだ!
で、納得の旅。 お・わ・り

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年1月22日 (木)

プチ鉄子、温泉へ行く part5

その日、予定ではもう宇都宮についているはずの時間、
わたしはまだ郡山で電車を待っていた。理由は、吹雪。


2日目の朝、起きると雪が降っていた。きのうの夜、能舞
台を見ていた時に降り始めた雪は一晩中降り続いていた
らしい。目覚めのひと風呂を浴びようと部屋を出ると、表は
雪に埋もれていた。それでも、わたしは風呂から上がった
あと、無謀にも朝の散歩に出かけた。

P1040061_3 雪はさらに激しくなっていた。雪だけではなく風も強い。傘をさしていても、すぐにからだが雪まみれになる。視界は傘にふさがれ回りの景色を見ることもできない。写真を撮りたくてもそれができない。それでも、温泉街の造りがどうなっているのか確かめたくて、意地のように前に進んだ。 景色はたいして変わらない。川と反対側の斜面には人家がへばりつくように建っている。このあたりの人たちはみな旅館業にたずさわっているのだろうか。それとも町へ通勤しているのだろうか。夢路の碑までやって来た。半分ほどは来たらしい。そこで人家が途切れた。何とか前方を見ると、道は向こうの方で曲がっていて、その先が見えない。ここらが限界と見定めて引き返すことにした。


さっき入ったばかりの湯にもう一度つかる。芯まで冷えて
いたからだが緩む。そのままずっとそうしていたかった。
いつまでも雪を見ながら温泉にひたっていたかった。
でも、旅とは「続けるもの」なのだ。


その日は朝のうちに会津若松をさらっと流し、それから喜多方へ行きたいと思っていた。まず、温泉のそばにある「会津武家屋敷」へ立ち寄る。ここは、もともとお城のそばにあった家老西郷頼母の屋敷を復元し、それを中心に会津の歴史と暮らしを伝える資料を集め展示している屋外型博物館だ。開園間もない時間なので(しかも、この雪!)、もちろん客は誰もいない。
P1040065 西郷一族は戊辰戦争の際、頼母の妻や幼い娘たちを始め21人が自決している(なぜか頼母自身はそれに加わらず76歳まで生きのびているのだが)。資料館には、その自刃の様子が蝋人形で再現されていた。白装束に身をかためた母と娘たち。あまりのリアルさにちょっとコワイ。それから、冬場にかぎり開放されているという家老屋敷の中に入る。急ぎ足でまわっていたら、掃除をしていたおばさんがいろいろ詳しく解説をしてくれた。この施設の建設は、会津や地元出身の財界人たちからの多くの寄付によって実現したらしい。
白虎隊命!の会津人にとって、ここは特別な場所なのだろう。


雪は降り続けている。こんな日に観光する人などたぶん
いない。でも、わたしにはもう一ヶ所どうしても行っておき
たい場所があった。それは、白虎隊の墓で有名な飯盛山
にある「さざえ堂」。
バスを降りると、そこに飯盛山へ登る階段がある、はず
だった。だが、その階段は完全に雪に埋もれていた。
それでも、「さざえ堂」だけは絶対に行かなくてはならない!
わたしは決死の思いで、手すりをたよりに深く雪に埋もれ
た斜面を登り始めた。八甲田山死の彷徨だ。その斜面は、
階段を登ることができない人のためにエスカレーターまで
用意されているというほど急なのだ。下から見ている人は
「なんとアホな」と思ったことだろう。確かにわたしはアホ
だった。なぜなら、階段以外にもうひとつ登るすべがあった
のだ。ほぼ登りきってふと脇を見ると、「さざえ堂はこちら。
階段なしで下りれます」と書いた看板があるではないか! 
それを先に言ってくれ。。。

P1040093
こちらがそのさざえ堂。
200年ほど前に建てられたもので、元々は中に三十三体の観音像が安置され、ここをお参りすることにより一度に三十三観音参りができるというアイデアで作られたものだった。
二重のらせん構造になっているため、上る者と下る者が途中で顔を合わせることなく移動できるという、日本でもめずらしいユニークな建物だ。
こういうものは、絶対外から見ても分からない。実際体験しなければ意味がない。わたしが八甲田山死の彷徨をしてまでここに登ってきたのは、そういうワケなのだ。




ここが入り口
P1040073_2
上り始め P1040075 

中心はこんな感じ
P1040076_2

そろそろ頂上
P1040078
右が上リ、左が下り P1040084












同じように下って
P1040088_3 出口へ
P1040090













さざえ堂の向こうに、確かに     しかも、こっちは階段も
階段なしで下れる道があった    ちゃんと「階段」だし。。。
P1040094_2

P1040098















さて、これで心置きなく会津若松を後にできる。
次は、喜多方。ラーメン、ですよ~!


<つづく>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プチ鉄子、温泉へ行く part4

P1040045_3 「歳の神」を後にして温泉街へ戻る。

宿を通りすぎてさらに坂道を登っていくと、小さな三叉路が見えてきた。
川の流れる音だけの静けさの中、電灯の明りが雪を照らしている。
二股に分かれた道の間に、酒屋、駄菓子屋など何軒かの店が並んでいた。

実は、もう少し先へ行くと、そこには小さな射的場とストリップ劇場もある。
ここはまさに温泉地の正当をいっているのだ。

右側の道を下りていくと川べりに出た。
橋の向こうにりっぱな建物が見える。旅館らしい。
こんな宿にひとりで泊まれるような肝のすわった人間になりたい。
いつもそう思うが、実際なれるのはいつのことか。
P1040038


実は、会津に来て初めて知ったことがある。会津では、
あのソースカツ丼が「伝統食」らしいのだ。町の中でも
ソースカツ丼の文字をたくさん見かけた。ソースカツ丼と
言えば福井と思っていたが、日本にはソースカツ丼発祥
の地を謳う場所が他にもいくつかあるらしい。ソースカツ
丼が生まれるきっかけというのはいったい何なのだろう。

せっかくなので、その日の夕食にはソースカツ丼をいた
だくことにした。三叉路のそばにあった小さな食堂へ
入る。川の見える小上がりで待っていたら、しばらくして
店のおやじさんが大きな丼を運んできた。

P1040034_2 どうです、このボリューム。
カツが大きくて丼の蓋が
しまらないほど。
ガツガツいったが、さすがに
最後はスローペースに。
ため息つきながらカツは完食。
でも、ご飯は残してしまった。
ごめんなさい!





お腹がいっぱいになったところで宿に戻り、冷え切った
からだをもう一度温泉でゆっくりと暖めた。
その後、9時からはラウンジの対岸に建てられた能舞台
で温泉芸妓が日本舞踊を舞うというので行ってみた。
まずは舞台にスクリーンが下りてきて、行基上人が温泉を
見つけた話をおばあちゃんが『日本昔ばなし』ふうに語って
くれた。他に白虎隊の物語なんかもあった。
そして、いよいよ芸妓の舞い。それは素人目にも年季の
入ったプロの技だった。と、次に男性が登場。これがどうし
ても、さっきビールをふるまってくれたおじさんに見えて仕方
がない。「芸妓の舞い」と言いながら、このおやじはなに? 
しかも、芸妓さんと同じくらい何度も登場する。もしかして、
この人は実はこの宿のご主人で、自分が踊りたいがために
サービスと称し、これを毎晩催しているのではなかろうか。

    P1040054

この後も、またどこかですれ違わないかと、本館に来る
たびにきょろきょろしてみたが、愛想のよいあのおじさん
にはもう二度と会うことはなかった。


さて、思っていたことの内のいくつもできなかったが、
それでも大満足だった1日がふけていく。
さっ、部屋に戻って寝よ。


<つづく>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月20日 (火)

プチ鉄子、ちゅうけいさんに会う

きょうは青春18きっぷ使用期限の最終日。
最後の1日分を使って、千葉は佐原へ行ってきました。

P1040237 佐原は伊能忠敬ゆかりの地。
伊能忠敬は江戸時代に日本で始めて実測による地図を作った人ですが、実は地図作りのための本格的な勉強を始めたのは50歳になってからでした。それまでの忠敬は、婿養子として迎えられた伊能家の家業を再建するという責務を負っていたからです。その責任を充分に果した忠敬は、「人間、本当にしたいと思っていることをせないかん」と言って暦学の勉強をしに江戸に出てゆき、その後、歴史に残る偉業をなしとげたのでした。

なんだか、かっこいいじゃないですか。
ちょっと憧れてたんですよね、昔から。

P1040247_2 佐原はほかにも水郷の町として知られ、伊能忠敬の旧家を中心に川沿いに残された古い町並みが観光客を集めています。それ以外にも、古い建物は町中にたくさんあって、なかなか風情のあるところでした。駅から歩いてするっと回れてしまうので、きょうはお散歩気分でのんびり。伊能忠敬記念館も山車会館も、じっくり時間をかけて見学しました。




P1040244  P1040142 P1040188


P1040278_2 それでも時間が余ったので、ついでに成田山新勝寺にもお参りに行きました。初めて行ったのですが、想像していたよりはずい分小さかった。でも、参道は歴史を感じさせる建物も多く、こちらも風情があってよかったです。外人さん連れてくると喜びそうだな、なんて、もうそんな機会もなさそうだけど。。。












      

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月19日 (月)

プチ鉄子、温泉へ行く part3

東山温泉は会津若松市内にある。あちこち寄り道をしなが
らとろとろ走るバスを使っても、鶴ケ城から10分か15分の
道のりだ。とは言ってもそこは、今から千三百年前、かの
名僧・行基上人によって発見され、その後小原庄助さんも
浸かったという由緒正しき温泉なのだ。

それまで広々としていた道が急に細い登り坂になったあたり
でバスは止まった。市内を循環するバスはそこで方向転換し
街に戻っていく。バスを降りたわたしは、その日お世話になる
宿に向かった。


P1030980 東山温泉は、川とそれに平行に
走る細い道路に沿って何軒かの
宿屋が並ぶ、こじんまりとした静か
な温泉地だ。その日の宿はその
温泉街の入り口に立っていた。
表玄関の横手から川を望むと、
建物から立ち昇る湯気が山肌をなで、
いかにも温泉地らしい風情だ。
湯に入るのがますます楽しみになる。
実は、わたしが実際に泊まるのは
この建物ではない。歩いて2分ほどの
ところにある小さなアパートだ。そこは、
この宿の経営するいわば「ビジネスホ
テル」で、かなりリーズナブルな料金で
宿泊することができる。しかも、大浴場
などの設備は本館のものが利用できる。
つまり、温泉入り放題。


P1030981_2 部屋に荷物をおいて、さっそく
風呂へ。この時期の平日のこと、
客はあまり多くないだろうとふん
でいたが、予想通りだれもいない。
実際、全部で4回温泉に入ったが、
ほとんど貸切状態だった。
贅沢なことだ。
目の前を先ほどの川が流れる。
雪をかぶった木々を眺め、川の流れる音を聞きながら、ひとり湯につかる。
これだけで、ここまでやって来た甲斐があったというものだ。
このまま帰っても大満足だ、と思う。


湯上りにサービスがあるというので、ラウンジに行って
ヨーグルトをいただいた。すると、カウンターのおじさんが、
ビールもお出しできますよ、と声を掛けて下さった。せっか
くなので、そちらもいただく。おつまみにポップコーンまで
付いてきた。湯上りのビール、ひさしぶりだ。湯上りの
ビールにまさるビールはない。

飲みながら、カウンターのおじさんと「宿の人」対「泊まる人」
のひと通りの会話をかわす。会津地方も最近は雪が少な
くなってきたらしい。「でも、会津は四季のはっきりした、いい
ところなんですよ」とおじさんが自慢する。はっきりした四季・・・
今のような雪のシーズンにやってくる旅人にとって、会津の
夏は四季の中でも付け足しのように思えてしまうが、考えて
みれば東京からもそう離れているわけではない。同じ日本の
中、ここにも夏はしっかり夏としてあるのだ。

その日は偶然、地元の年中行事「歳の神」の日だった。
「歳の神」とは、松飾りやしめ縄などを燃やす「どんど焼き」
のようなものだ。会場は温泉街の共同駐車場。来る途中、
バスの窓から見えた「歳の神」は思ったよりも大きくてりっぱ
だった。その話をおじさんにすると、「歳の神」の火でからだ
を暖めると風邪を引かない、と教えてくれた。

P1030986

坂を少し下って駐車場まで行ってみると、ちょうど点火前の
セレモニーが始まったところだった。結構な人数が集まって
いる。町のお偉いさんの挨拶の後、いよいよ点火。竹で組ま
れた骨組みに、しめ縄やダルマなどいろんなものが結わえ
付けられている。まるで、ひとつのオブジェのように美しい。
燃やしてしまうのが惜しいくらいだ。

P1030987

火はまたたく間に燃え上がった。勢いはどんどん大きくなる。
何かが爆ぜて、爆竹のような音が飛び、火の粉が舞う。
火は浄化と再生のエレメント。古いものを焼き尽くす中から
新たな命が生まれる。ふだん目にするのは、コンロやライター
といった人工的な火ばかりなので、こういう本物の火を見る
と、その本来の力を思い出す。いつまでも離れがたい。

P1030991_2 P1030993 P1030995

何か竿のようなものを火の中に差し出す人がいる。見ると
竿の先にあるのは餅とスルメだ。焼いて食べるのだ。中には
餅をはさんだ網を棒の先にぶら下げて挑んでいる若者もいる。
でも火の勢いが強すぎて、みんな、なかなかうまくいかない。

P1040003_2

        いつもでも焼けなくて
        あちらこちらで竿がゆれる
        P1040011

P1040013 表を暖め裏を暖め、からだを何度も
回していると、主催者がスピーカーから
呼びかける声が耳に入ってきた。「抽選
券はひとり一枚。本部テントで配布して
おります」 どうやらくじ引きがあるらしい。
通りすがりの旅人も参加する権利がある
のかしら? だが、さすがにそれは遠慮
した。でも、「甘酒の振る舞いもあります」
には、すかさず反応する。
この甘酒、ひと口飲んで、その旨さに
思わず唸った。特に甘酒通というわけでは
ないが、これは今まで飲んだ甘酒の中で
最高の美味しさだった。あまりの旨さに
もう一杯振る舞ってもらえないか交渉しに
行こうとしたほどだ。今でも、そうしておけば
よかったと後悔している。

火が落ち着いてきた頃、臨時にしつらえられた舞台で
和太鼓の演奏が始まった。曲目は民謡「会津磐梯山」。
P1040023
太鼓は楽器の中でも最もプリミティブものだと思う。
何かを叩くことにより生み出される音は、たぶん母親
の胎内で聞く心臓の音を思い起こさせるのだと思う。
そして、自分の中で営々と脈打つ鼓動と呼応し
秘められた力を表に引き出してくれるのだと思う。
地元の若者たちが打ち鳴らす太鼓の音は「歳の神」の
バトンの受け渡しを賑やかにはやし立てていた。
神様もさぞかし楽しんだことだろう。


さて、そろそろ夕飯でも食べようか。
地元の人たちがまだまだ集まってくる会場を後にして
ひとり温泉街へと戻った。

<つづく>

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月18日 (日)

プチ鉄子、温泉へ行く part2

鉄子の旅は本来電車に乗ることが目的だから、たどり
着いた先ではたいていあまり時間がない。なので、その
限られた時間内で観光スポットをいくつか回ろうと欲張ると、
いつも「足」が問題となる。会津も車社会だから、電車も
バスもあまり頼りにできない。本当はもうひと駅先の七日
町を起点にしたかったのだが、会津若松から南にのびる
只見線の電車は出たばかり。次は50分後。仕方なく、
改札をぬけ、歩き出す。

街は中途半端に雪に覆われ、歩道は融けかけた雪で
歩きにくい。車も人もほとんどいない。静かだ。時折り、
カラフルな色の特大プラスチック製スコップで家の前の
雪を車道に掻き出している人がいる。雪を見て奇麗だ
とか厄介だとか言うのは気楽なものだ。


P1030956_4 あぶなげない足取りで七日町
方面に向かって15分ほど行く
と、「野口英世青春通り」という
ところに出た。あの野口英世
が青春時代をすごした場所だ
という。通りの途中には、野口
英世が火傷の手術を受け、
医学を志すきっかっけとなった
「会陽医院」の建物が残され
ている。現在では、一階が
レトロな喫茶店、二階は野口
英世の資料館になっている。


時間のない私は先を急ぐ。「野口英世青春通り」をすぎ、
角をまがったあたりで、屋根に風変わりな看板を見つけた。
絵ろうそくの店だ。会津は漆塗りが有名だが、この絵ろう
そくも元々は漆の実からとった蝋で作っていたという。
今はハゼ蝋を使うらしい。和紙とい草で巻いた芯に何度も
何度も蝋をくぐらせて作ったろうそくに、ひとつひとつ手で
絵を描いていく。根気のいる作業だ。会津塗りではなかなか
手が出そうにないが、できるものなら絵ろうそくは来訪記念
に買い求めておきたいと思っていた。

P1040125_2 引き戸を開けて中へ入ると、薄暗い
店内に無造作に商品が並んでいる。
ひと通り目を走らせると、燭台に立て
られた一本の古そうなろうそくがガラス
ケースの上に置かれていた。見本には
違いない。でも、その少しくすんだ色加
減がひどく気に入った。お店のご主人
に「これは売り物ではないのですか」と
尋ねたら、手にとって確かめてから
「だめだね。ひびいってるから」と断られた。
「火をつけなければ問題ないのでは?」と
食い下がってみたが、「だめ」。それから
ご主人は、だれに言うでもなく「売り物以外は置くなって言ってるのに・・・」
とつぶやいた。売れるものなら売ってしまおうという商売人根性のない
ところが、やはり職人かたぎと言うべきか。
仕方なく、それに似た新品を買って店を出る。

創業は江戸時代という小澤ろうそく店。
この建物も明治時代のものらしい。
P1030959_2


鶴ケ城をめざして歩いているあいだに、少し小腹がすいてきた。
大きな交差点で信号を待っていると、「薄皮たい焼き」という旗が見える。
         P1030961_2   
「薄皮」という言葉に惹かれてつい店に入ったが、次々にお客さんが入って
きてなかなかの繁盛ぶりだ。小倉あんを頼むと、ちょっとお時間かかります
と言われた。変わりに「豆乳クリーム」を注文。

      サイズはちょっとミニ。でも、
      跳ねたような、この威勢のいい姿が
      なんともユーモラスでかわいい。
      確かに皮は薄く、どっしり感がなくて
      食べやすい。
      P1030962_2  
      それよりもなによりも
      豆乳クリームが軽やかでいい。
      カスタードほどベタついてなくて 
      和と洋のほどよい混ざり具合。
      また食べたい!と思う。
      この「たい夢」というお店。
      帰って調べたら全国チェーンだった。
      保谷にもあるらしい。
      たい焼きひとつのために
      自転車で飛ばすか?


鶴ケ城の入り口へたどり着く頃には、すでに1時間近くも
歩いていた。ここから宿へ行くにはどうしてもバスをつか
まえなくてはならないが、その30分に1度しかやってこない
バスはちょうど出たばかりだった。お城の見学を30分で切
り上げるか、じっくり1時間を費やすか、冷え切ったからだに
相談したら、温泉の湯気に軍配が上がった。それに、空が
明るいうちに入る温泉は、まったくもって格別なのだ。
鶴ケ城には悪いが、顔だけ拝んでいくことにした。

無料で入れるぎりぎりまで近づくと、そこには予想以上に
りっぱな姿があった。ふだん城というものには何の興味も
持っていないくせに、いざ近くまで来て見るといつも、背筋
をしゃんと伸ばしてきちんと挨拶しなくてはいけない、そん
な気になってしまう。現在の天守閣は昭和になって再建さ
れたものだが、それでもその威風堂々ぶりは見るものの
心を正す。

  木の向こうに望むお城             真下から見上げたお城
  P1030965    P1030968

 威風堂々。なかなかりっぱなもんです。
P1030967

さて、いよいよ宿へ。
向かうは、会津の奥座敷・東山温泉。
とは言っても、ここからバスでほんのわずかなんだが。。。


<つづく>

表面が薄っすら凍るお堀。
P1030972_2 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月17日 (土)

プチ鉄子、温泉へ行く part1

恒例(にするつもりか?)の、帰省に使った青春18きっぷの残りを活用して
小旅行にでる「プチ鉄子、おまけの旅」。その第2弾!
今回は、ちょっと奮発して1泊旅行に行きました。目的地は会津。
題して、『プチ鉄子、温泉へ行く』
行程は、
吉祥寺→新宿→大宮→宇都宮→黒磯→郡山→会津若松 
片道5時間半(予定)


前日、旅の行程を半日がかりで練ったにも関わらず、
京浜東北線での事故のため大宮でさっそく足止めをくらう。
快速は運休で次の電車も小金井止まり。宇都宮までが
なかなか届かない。でも、青春18きっぷの旅に
あせりは禁物。足枷がとれて却って自由になれたと
思えばそれもそれなり、と思う。

郡山を1時間遅れで出発。会津若松へも1時間遅れの
到着になりそうだ。本当は、初日そこからさらに電車を
乗り継ぎ喜多方まで行くつもりにしていたが、予定を変
更し、先に会津若松をまわることにする。
そう決めて窓の外を見ると、そこは雪景色。

P1030952_2

田んぼを覆う真っさらな雪がまぶしい。
東京でも雪を見ることはなくもないが、降ってもすぐに
汚れてしまう。誰の足跡もついていないその雪に向かって
飛び込みたいという衝動に駆られる。

雪の向こうを山並みが囲む。山はそこに在るだけで力だ。
いつもそれが不思議だ。人は悠久の昔から山に神を見て
きた。わたしは、確かにその人たちの子孫だ。


きょうは時間がないので、ここまで。
続きはまたあした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月11日 (木)

プチ鉄子、おまけの旅 part3

きのうは、「青春18きっぷ」有効期限の最終日。
全部で5回分、とうとう使い切りましたッ \(^o^)/
(なんとなく、「意地」の気配も感じる。。。)

さすがに連日のプチ鉄子で疲れていたので、今回はひたすら電車に乗り続け、
JRを内房線から外房線とつなげて回り、房総半島を1周する経路をとりました。
それでも、後半はほとんど寝てた。(やっぱり、「意地」の気配を感じる。。。)

いちおう、行程を。
吉祥寺 → 御茶ノ水 → 錦糸町 → 君津 → 安房鴨川 所要時間4時間25分
安房鴨川 → 鵜原 → 千葉 → 錦糸町 → 御茶ノ水 → 吉祥寺 所要時間3時間19分

海岸線を走る電車だから飽きるほど海が見れる!と期待していたんですが、
意外にも車窓から海が見えるところは少なくて、ちょっとがっかり。な~んだ。
仕方がないので、勝浦のひとつ手前にある駅「鵜原」で途中下車。

「鵜原」駅は、降りる人もほとんどいない
静かで、でも趣きのある駅でした。
P1030378

ここから、こんなトンネルをいくつも抜けて
てくてく歩くこと約15分(ほんまよう歩く
P1030345

たどり着いた先は「かつうら海中公園」。ここは水深8mの海中展望塔の窓から
海の中を泳ぐ魚たちを観察できるという代物。と言っても、そうそううまい具合に
魚が近づいてくるはずもなく、「金返せ~!」と怒鳴る客を見越してか、エサカゴが
海中にぶら下がってるとこなんぞ、空しさ通り越して微笑ましくさえ感じます。

ただ、ワタシ初めて気がつきました。
魚って、意外と波に流されて生きているものなのね。

窓のむこうの魚さん。
P1030346
波にさらわれ、こちらへ、つっつぅ~。
P1030355
あちらへ、つっつぅ~。
P1030356
向こうへ、さよなら~。。。
P1030348

お気に入りは、こちらのハコフグさん。
コンニチハ。
P1030350_2

銚子ほど絶景ではなかったけど、なかなか荒々しい海を楽しめました。
P1030367      
P1030366


帰りの外房線ではほとんど爆睡。 旅をするのも体力いるわ。
やっぱり、遊べるうちに遊んどかなあかんでぇ~、と思ったことでした。

やっ、確かに、遊ぶばかりが人生ではありません。
でも、やりたいことやるなら、元気なうちでっせぇ。(と、何故かきょうは関西弁)
そんな時間、これから先まだまだある、と思っていませんか、そこのあなた。
そんな時間は意外に短い、と若い時にはなかなか気づかないもんです。
「したくない」苦労は後回しにしましょう。もしかしたら、しなくても済むかもしれないし。。。
したいことを先にしましょう。時間があるうちに。元気なうちに。
その方が、得でっせぇ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月 9日 (火)

プチ鉄子、おまけの旅 part2残り

さて、地球の丸さを実感したあと、てくてく丘を下っていたら、
赤い電車がコトコト走る姿を遠くに発見! イヤん、カワユい

P1030193_2   
銚電はおよそ30分に1本くらいしか走ってないし、線路に沿ってずっと道がある
というわけでもないようだし、だいたい普通はほとんど「乗っている」わけだから、
のどかな景色をバックに走行中の電車をとらえるなんていうのは、「撮り鉄」でも
ない限り、めったにチャンスは巡ってきそうにない。ということで、慌ててパチリ。

次にめざすは、海岸べりにある犬吠崎灯台。
P1030205_2

「頂上99段を目指しがんばろう!」
に励まされ、ぐるぐる登る。
P1030200

その甲斐あって、足もすくむ絶景~!
P1030204_3

でも、地球の丸さは、「丘」に比べて半分ほどでした。
P1030203

だけど、ここから見る日の出は確かに最高でしょうね。
なんたって、さえぎるものがない!のだから。
「本州で一番早く昇る朝日」を1度拝みにくるのもいいかなあ。

犬吠駅に戻って、旅はさらに続きます。
次の降車駅は、「本銚子」。
銚電の駅はだいたい素朴だけど、ここは無人です。
P1030230

時刻表も手書き。
P1030233

ここから次の駅までは、市内をプラプラ歩き。
たどり着いたのは、メルヘンな「観音」駅。
P1030235

ここの「たい焼き」は有名で、
駅の中で、おばちゃんが焼いてます。
P1030237

皮はふにゃっとしててワタシ的には??。
でも、餡は甘さ控えめで美味しい delicious
P1030239

食べながら、ふと見ると、こんな張り紙が。
P1030260
完売と言われると、ますます欲しい。
だって、コレですよ。 

銚子は醤油の町です。
P1030259

次の「仲ノ町」駅は、醤油工場のまん前。
P1030294 

町中、醤油の匂いに包まれて目眩がしそうなほど。
きっと、銚子の人たちは慣れっこで何とも思わないんでしょうね。

大人になって、都会に出て、町の外で長く暮らす。
ある時ふっと醤油の匂いが鼻孔をくすぐり、子供の頃の記憶が怒涛のように
湧き上がる。だって、嗅覚は脳の深い部分と直接に結びつき、匂いは記憶と
感情に強く関わるものだから。

銚子の人たちは、いつもそんな風に、醤油の匂いとともに生きてるんだなあ。

           銚子駅に戻って、レトロな赤い電車にサヨウナラ。
           1日楽しませてくれて、ありがとう。
          P1030313

           バイバイ。
          P1030303_2

   

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月 8日 (月)

プチ鉄子、おまけの旅 part2

おまけの旅、第2弾。

きょうの目的地は、いよいよ本命、総武本線「銚子」です。
六角さんご推薦の「銚子電鉄」に乗ってきました!

まず行程ですが、
吉祥寺 → 御茶ノ水 → 錦糸町 → 千葉 → 銚子で、所用時間は3時間15分。

と、途中までは、おとといの第1弾とおんなじ。まあ、仕方ありません。
でも、そこからが長かった。。。各停なので、待ち合わせあり、時間調整ありの、
のったり、のったり。いなかに住むと、自然と「大人(たいじん)」修養できそうです。

銚子に着いたら、さっそく銚子電鉄へ。JR銚子駅のホームの先が
銚電の始発ホームになっていて、ちゃんと可愛い「駅舎」も建ってます。

こちらが、それ。
P1030111
モデルは風車のようなのに、なぜか肝心の羽根がない。。。

待っていたのは、こちら。桃鉄カーです。ちょっと残念。
P1030114

とりあえず、終点の「外川」駅まで行きます。
もちろん、単線ですよ。
住宅街を抜け、
P1030279
畑の中を抜け、
P1030209
森の中も抜けて行く。
P1030119

真ん中の駅だけ、すれ違うため複線に。
P1030121

向こうから電車が来ました。
あっ、赤いレトロな電車です。
これこれ、これでなくっちゃ!
P1030134

「外川」に到着。
外川の駅舎は昔ながらの風情が人気です。
P1030150

実は、今回のサブテーマは「銚電☆B級グルメの旅」。
さっそく、外川の「榊原豆腐店」で「銚電☆豆乳ジェラード」をゲット。
P1030152

ちなみに、試したのはプレーン。
オモイッキリ、豆乳でした。
P1030154

外川は銚子を代表する漁港の町。
そもそも銚電も、ここで水揚げされる魚の輸送のため設立されたのだとか。
駅舎から坂を下っていくと、すぐ海が。
P1030158
ここに住んでる人は、大半が漁業関係者なんでしょうね。

駅に戻ると、赤い電車が待ってました。
P1030163
やっぱり、このレトロ感が銚電人気の秘密?
P1030162

中はこんな感じ。
P1030164

次は、お隣りの「犬吠」駅へ。
P1030207

ここでは、1日乗車券『弧廻手形』を購入するとついてくる
サービス券で「ぬれ煎餅」を1枚ゲット。
P1030168
これは、お煎餅というよりは焼餅みたいな食感?
評判どおり、かなりウマいです。

犬吠では、まず「地球の丸く見える丘展望館」へ。
シャトルバスが出てしまった直後だったので、しかたなく歩いて登ることに。
焼け付くような陽射しのもと歩くこと約20分。
途中、温泉宿の看板がいっぱい。
P1030169
月曜日だというのに「満室」とは、景気のよろしいことで。

こんな看板も。
P1030180
う~ん、確かに「湯きたい!」 もう、アセだく、です。

やっとたどり着いた展望館。
P1030179
こんなところへ歩いてくる人いないよね。。。

でも、歩いてきてよかった!
屋上からの眺めは360度パノラマ水平線!
とは残念ながらいかない、房総半島があるので。。。
でも、360度ほぼ水平線。
「地球の丸く見える」って、こういうことだったんだあ。

もちろん、ヘタなデジカメではとても表せません、この迫力。
こちらは、そのごく一部です。
P1030178_2

このあたりは風力発電が盛んなようで、あちこちに風車が。
P1030186   
こんなに大きいものだとは今まで知りませんでした。
銚子に来るまでのあいだにも、山の向こうにこれがニョキっと現れたりすると、
とても人間と関わりのあるものとは思えず、宇宙人の置いていった装置か何か
のようにも思えて、どこか神々しささえ感じられました。
古代の権力者が巨大建造物に執着した気持ち、なんか初めて理解できた
ような気がします。


と、きょうはここまで。明日に続きます。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 7日 (日)

プチ鉄子、おまけの旅

電車に「乗る」ことや、電車に「会う」ことや、電車と「遊ぶ」ことが好きな女性を、最近「鉄子」というらしい。そこで、青春18きっぷの残りを使って、ワタシもプチ鉄子になってみることにしました。少々貧血気味のワタシには、ちょうどいい「鉄分補給」。

今回の「おまけの旅」は、千葉県特集。房総半島へは今まであまり足を踏み入れたことがないんで。。。きのう、その第1回目。目的地は、総武本線の「佐倉」。武家屋敷なんかが保存されてるところですね。

行程は、
吉祥寺 → 御茶ノ水 → 錦糸町 → 千葉 → 佐倉 所要時間1時間46分(のはずだった)

途中の千葉駅で30分ほどの待ち時間。下調べ不足のワタシは、何故かここで、いくつか乗れるべき電車を見送ったらしい。でも、ホームのベンチにホケーっと座っていると、懐かしいのから今風のまで、ふだんはあまり目にしない電車がやってきて、それを見ているだけでもなんかちょっと楽しくなる、な~んてところは、どうやらワタシも確かにプチ鉄子であるらしい。

旅とは、日常からちょっと「ハズれる」こと。だから、たとえ近所の裏道だって、隣り町だって、日常からハズれれば、それはりっぱな「旅」。どうってことない駅のホームでも、その気になればエラく新鮮な気持ちになれるもんです。でも、そういう旅は、できれば一人の方がいい、かも。誰かといっしょだと、単なる「観光」になっちゃう? もちろん、それはそれで楽しいんだけど。


JR佐倉駅前。の~んびりした感じだなあ。
P1030041_2

こういう古い建物がちらりほらり。。。
P1030065

旧武家屋敷入り口。
P1030045_2


P1030046_2

 







かまどでご飯炊いてました。 食べたい。。。P1030047  P1030053 












実は、市立美術館でやってた「エッシャー展」もお目当てでした。
ついでに見れて、満足 delicious
P1030062_2   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 7日 (金)

袖振り合うも

東京駅の自動券売機で新幹線の指定をとり、3列席の通路側に座ったら
窓側に隣り合わせたのは、めずらしくもイケメンのフランス野郎ふたり連れ。

旅行かしら、ビジネスかしら、はたまた日本在住のエイリアンかしら。
ふたりともスラリと背が高く足が長く、ついでに指も長く、服装もカジュアルながらビシッときまってる。なんか、モデルさんみたい ♡
フランス人って、みんなこんなにカッコイイわけ?
ドキドキ。

でも、いかに外国人と言えども、ふたり連れが相手となると、会話の糸口はなかなかつかめない。

そうこうしている内に、車掌さんが検札に現れた。新幹線にはまだめずらしい女性の車掌さんだ。
このおふたり、検札だって分かるかしら? 女性の車掌さんなら、外国人には英語くらい使ってみたりして。 なんて思っている間に、何事も起こらずフランス野郎の検札は終ってしまった。そうだよね。検札はどこの国にだってあるもんね。言葉は不要だよね。

おふたりはいたって大人しい。ひとりはフランス語の新聞を読み、もうひとりはこれまたフランス語の雑誌を読みながら、ときどき携帯電話みたいなものの画面を覗き込んでいる。そして、たまにフランス語で(あたり前だけど)言葉をかわす。
うーん、まるで正体がつかめない。

と、今度はワゴンサービスが登場した。すると、わたしのすぐお隣りのお兄さんがソワソワし出した。どうも何かを頼もう思っているらしい。
うん、これはなかなかの上級編ですよ。見ものですねー。

学生アルバイトとおぼしきお姉さんがワゴンを押してさりげなく通りすぎようとしたその時、フランス人のお兄さんは控えめに、でも「決してここで失敗してはならじ」という気迫を感じさせる勢いで、「アノー」と手を上げた。少なくとも、サバイバル・ジャパニーズは知っているらしい。

それに対しお姉さんはまったく動じた風も見せずニッコリと、「ハイー?」

すると、お兄さんは hot coffee (たったこれだけの単語でとお思いでしょうが、これは断固としてフランス語なまりであったとわたしは言いたい)と言いながら、指を2本立てて見せた。「ホットコーヒー」に指2本。これは、ユニバーサル・ランゲージですね。
お姉さんもほっとしたように、「ハイー」。

なーんだ、とやや拍子抜けしたわたし。でも、これだけでは終らなかったのですね。
事のスムーズな展開に気をよくしたのか、お兄さんはここでもうひとこと付け加えたのであります。

「アノー、アノー、 すうぃーとぉ」

??? お姉さんとわたしの頭の中に同時にクエスチョンマークが、そして恐らくほぼ同時に同じイメージが湧いた。それが証拠に、お姉さんは砂糖のスティックを出して見せたのだ。「コーヒーを甘くしてほしいってこと?」

ここでお兄さんは大きな間違いを犯した。わたしたちの(じゃなくて、お姉さんの)後から思えばいたく想像力に欠ける解釈にひるむ必要などまったくなく、もう一度自信を持って「スウィート」とはっきり言えばまだしもよかったものを、「英語ダメです度」では世界で肩を並べる我らが日本人とまるで同じように動揺し、思わず「メニュー」と言ってしまったのだ。

わたしはこの時点で彼が甘いお菓子を所望しているのだということに気がついた。コーヒーのお茶うけが欲しいわけですね。でも、頭が???でいっぱいのお姉さんは、「メニュー」といういたってありふれた単語が耳に入ると、最初からそれしか聞いてないと言わんばかりに即座にメニューなるものを差し出した。

だけど、そんなメニューが役に立つはずもない。どうやら、英語も書かれてないみたいだし、写真がのっているのはお弁当ばかり。すっかり途方に暮れるお兄さん。

仕方がないので、わたしはお姉さんに「何か甘いものが欲しいみたいなんですけど」と言ってあげた。するとお姉さん、「えっ、そーなんですかー。チョコレートくらしかないんですけどぉ」

お姉さん、かなりパニくっている模様。だって、クッキーの箱そこにあるじゃん。

「クッキーとかケーキみたいなの、ないですか」とわたしが言うと、チョコとかポッキーやらスナック菓子の箱をお兄さんに見せながら、ワゴンの横に貼られているクッキーの写真を人差し指で3度たたいた。(これにはわたしも初めて気がついたんだけど、なんとクッキーの詰め合わせのかわいい箱が3種類も用意されてるんですよ、新幹線には!)

これを見たお兄さんはずい分とほっとした様子で、でも念入りに3種類を吟味したあげく真ん中を指差した。もちろん、その指をそのあと縦にして、「ひとつ」。もう言葉はない。

一件落着し、ホットコーヒーふたつとクッキーの箱ひとつとその代金とおつりが、幕の内弁当を食べるわたしの前を行き来した。何を隠そう、この騒動のあいだ中わたしはお弁当を口に運んでいたのであります。これで、やっと落ち着いて食べられる。

お兄さん方は優雅にコーヒーを飲みながらクッキーをつまんでいる。礼の言葉はひとつもない。わたしは、ちょっと気に入らない。お兄さん方、状況をきちんと把握できてないかもしれませんが、あなた方が新幹線の中でこうして優雅にお茶できているのも、わたしの助け舟があったからこそなのですよ。分かってる?分かってたら、そのクッキーひとつくらいお裾分けしてくれてもいいんじゃない?

そろそろお弁当を食べ終えようとしていたわたしは、デザートの気分だったんですね。

お兄さんがクッキーの写真を指差してみんなが笑顔を取り戻したとき、わたしもふたりに向かってにっこり笑ってみせればよかった。そしたら、彼らもわたしに礼を言うきっかけが出来たかもしれない。でも、新幹線の中ではクールな都会の女を演じるわたしは、あくまでもクールな女で押し通してしまった。失敗したなー。

その後ふたりのお兄さんは京都で降りた。わたしには、バイバイもなく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月17日 (土)

上海「道」事情

「上海の道路は車優先である」

本当でした。それも、「車は多いし運転も荒いから歩行者は気をつけて歩きましょうね」なんていう心優しい助言などではありません。ルールブックにはっきりとそう明記してあるのではないかと思うほど、車の態度はでかいしバイクや自転車はずうずうしい。プップップーとクラクション鳴らして走って来るのなんて、まだ親切な方だと思うくらいです。横断歩道で「青」になったので、左見て、右を見て、もう一度左見て。でもやっぱり渡れません。曲がってくる車輪族を先にお通ししなくちゃいけないのです。だけどね、確かに車は多いし、バスもタクシーもチキンレースだし、バイクや自転車は全赤時間が待ちきれず交差点のまん中あたりまでフライングしたりするけど、そういうことはさして大きな問題ではないんです。「われ先に」の車輪族も、ここは太っ腹で許してあげましょう。わたしたち二足歩行族の方が小回りききますから。でもね。。。

「中国では常時右折可である」

これは問題ですよ。中国は右側通行。つまり、青になったので「さあ渡ろう」と思ったとき赤信号で止まっているはず(とわたしたちは思う)あなたの左手にいる車が、あるいは、青信号で渡っている最中に赤信号で止まるはず(とわたしたちは思う)あなたの右手からやって来る車が、当然という顔で(というか、あるイミ当然なのではありますが)あなたの前を横切っていくわけです。これは、困りますよォ。やめてくださいよォ。わたしたち歩行者は何を信じて渡ればいいんですかあ?

だから、歩行者も交通ルールは守りません。「赤」でも渡っちゃいます。横断歩道ないとこだって渡っちゃいます。だってね、なまじ信号を守るよりも、車のいないすきを見計らって渡った方が、だんぜん安全なんで


P1000492_2













青のとき、残り時間がカウントダウンされます。
確かにこれがあると、「あっ、走らないと渡りきれない」とか、
「もう間に合わない。次にするか」とか思います。
とかく二足歩行族は虐げられていて、交差点内からすぐに追い出されるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月16日 (金)

ふたつの上海

浦東の超近代的ビル群と外灘の西洋建築群を眺めながら「外灘プロムナード」の南の端までぷらぷら歩いてきてしまうと、次は豫園(よえん/ユィユァン)に行くしかありません。黄浦江を離れだいたいの検討をつけて西に進んでみると古城公園というのにぶつかりました。いやに仰々しいお名前ですが、あとで調べてみると、つい数年前に市が緑化対策のため新しく作った公園らしく、どうりでやけにすっきりしています。結構な数の人があちこちぼんやり座っていたりして、確かに都会のオアシスといった感。

きっとこの先が豫園に違いないと公園を突っ切って反対側の通りに出た途端、「おおーっ」と叫んでしまいました。(上海に来てから叫んでばっかです)

さっきまで見ていた、まるで画用紙に描いたような近未来的都市の残像がまだ網膜に残っている目には、その光景はまるで時代劇のセットのよう(この場合は中国の時代劇ですね、もちろん)。何百年も前からあったような “いにしえ” の街並みがそこに。いや、「よう」ではなく、確かに豫園は明代にできたものだし、その後このあたりは清代を中心栄えてきたわけだから、実際何百年も歴史を重ねてきた街並みなのだ、きっと。

それにしても、この落差、大き過ぎ! 道1本へだてて現代と過去が、いや、近未来と過去が同居してる。いったい、これはなんなんだ! でも考えてみれば、ここにあるのは決して未来と過去なんかじゃなく、このふたつの世界はどちらも確かに上海の「今」なのです。こういう落差って日本にもあるのだろうか?自分たちの文化だと慣れてしまって気づかないだけなんだろうか?単にわたしの目が観光客化しすぎているだけなのだろうか? 

豫園そのものは日をあらためて訪れることにして、とりあえずはそのまま裏通りに入ってみることにしました。すると、人ふたりがやっとすれ違えるくらいの路地(しかも実際ひとがぞろぞろ歩いている)を荷台をつけた自転車やバイクがクラクションをプップーと鳴らしながらそこのけそこのけと言わんばかりに(いや、実際そう言っている。だって、クラクションの代わりに“おぃおぃっ”と言いいながら)通りすぎていく。めちゃくちゃ雰囲気あるのに、のんびりキョロキョロとなんかしてられません。しかも、明らかに豫園の端っこだろうと思われる塀の上から突き出ている屋根には、路地を挟んだ向かいの民家から例の物干し竿が渡され、洗濯物がひるがえっている。この400年を超える歴史的遺産である豫園の屋根に物干し竿渡しちゃうとこなんか、絶対日本ではあり得ない! あー、これが上海庶民の生活なのね。もう、おもしろいやら楽しいやらうれしいやら、あっはっはーと笑わずにはいられません。

そのまま豫園も上海老街も横目に素通りして進むと、庶民の市場のようなところに行きつきました。衣類やかばんや雑貨を売る店が並んだ先には、野菜や肉魚鳥の生鮮食料(ご存知のように文字通り生きてるやつですよー)が道端に並び、あちこちで小吃(シャオチー/屋台で売ってるような軽食や麺類)のいいにおいが。不思議なことに、ここには観光客がいません。上海でも一、二を争う観光スポットである豫園のすぐ裏であるにもかかわらず、まるでいない! みなさん、こんなもったいないことはしないでくださいね。豫園に行ったら必ずその裏にも回ってください。すぐなんですから。もちろんちょこっと歩いたくらいでは上っ面しか見えません。でも少なくとも、観光客用の顔をしていない普通の市民の生活を垣間見ることはできます。とにかく、絶対おもしろいんですからっ。

さて、豫園界隈のにぎにぎしい雰囲気を堪能したあとは、てくてく南京東路駅に向かって歩いていきました。南京東路駅周辺は上海一の繁華街。そろそろ日も暮れてきて、いい具合にネオンが灯る時刻です。着いてみると、その派手派手しさにまたしても、「うわぁー」。上海っ子の大好きな大型ビジョン、香港のような特大看板、まぶしいくらいに明るい建物。背景には美しくライトアップされた超高層ビルがそびえ、しかもホコテン! なので、わたしはここを上海の銀座通りと呼ぶことにしました。ありきたりのネーミングと思わないでくださいね。確かに東京の銀座通りほどハイセンスなお店はないんですが(それは新天地という別のエリアや浦東の巨大ビルの中にあります)、中ほどの交差点には威風堂々としたビルがライトアップされて立ち、それが時計店だったりする様なんぞ、まさしく銀座通りなのであります。さっきの豫園界隈とは大違い!

繁華街では大型ビジョンが光り輝き、街のいたるところで電光掲示板の文字が流れ、乗り物はICカード(このICカードは地下鉄だけでなくバスもタクシーも使用可)、古い建物をエリアごと取り壊して高層ビルや高級高層マンションへとどんどん建て変えていく。あげくのはてには、空港から市街地までのたった30Kmを最高速度431Kmのリニアモーターカーでつないでしまう。でもその一方で庶民は、自転車とバイクの波をこさえ、昔ながらの市場で値段交渉をし、小さな小吃の店で朝ごはんを食べ、人の目に触れることなんかおかまいなしに赤パン・赤シャツを干しまくる。

中国人のバイタリティは世界中どこに行っても同じだと思います。よく食べて、よくしゃべり、絶対うしろへは引き下がらない。少しでもすき間がありそうものならわれ先に進み出て、どんな小さなチャンスも見逃さない。でも、上海のエネルギーには、どうもふたつあるような気がするんです。2010年の万博を控えインフラを整備し街を美化し先端技術を導入して超近代的都市を作ろうとやっきになっている「公」のエネルギーと、中国人が元々もっている前へ前へ、上へ上へと進もうとするがむしゃらでひたむきな庶民のエネルギー。上海市民たちは一見「公」のエネルギーに同調し隙あらばつけ入ろうと狙っているようにも見えますが、でも実はそれとはまるで無縁なところで淡々と、でもたくましく、何ものにも振り回されることなくただひたすらにかつしたたかに自分たちの生活を続けている、そんな気がします。

上海で今起こっているのは、ひとつの巨大なエネルギーが大爆発を起こしているというよりは、ふたつの異なるエネルギーが入り乱れ錯綜し反発しながらも共鳴し合い、それがひとつの大きなうねりとなって龍のように天をめざしてる、そんな感じに思えます。

空港から街へ入ってくるとき最初に感じた「異質」さは、もしかしたらそういうことだったのかもしれない、今のわたしはそう思っています。


豫園の裏通り                        (写真をクリックすると拡大されます)
P1000298_6P1000299_5 











上海銀座通り
P1000306_2 P1000304_3 






昼間の姿。
ホコテンの碑(?)は記念写真のメッカ
P1000474











豫園裏通りの市場で食した小吃。名前は知らない。
たこ焼きの親玉みたいなもので、中に目玉焼きが入ってます
1ケ5元(約85円)。うまかったー
右は豫園商場で売っていた本物の「たこ焼き」
P1000388 P1000383






これは焼き小龍包。2ケで1.5元(約25円)。安っ!でも、うまい。
ちゃんと中にお汁が入ってて舌がやけどしそう。P1000341 P1000340_2







こちらは豫園にある超有名店「南翔饅頭店」の蟹入り小龍包
6ケで20元くらいだったかな。高いけど、チョー美味!!!
外では安いテイクアウトを求めて長蛇の列。1時間待ちもなんのその
P1000366 P1000363






上海市は街の美化に懸命のようで、いたるところに公衆トイレの案内板が
右は有料トイレ
P1000464 P1000342  






ひと区画ごと取り壊され、さら地に
向こうには高層アパートがP1000400   P1000402 





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月14日 (水)

機内食

P1000287











きょうはばんごはんをお休みしたので、上海へ行ったときの機内食をご紹介しましょう。
中国東方航空、成田→上海便です。

エビチリとビーフの選択でしたが、中国料理は行ってからいくらでも食べる
ということでビーフをチョイス。
わたしの機内食ランキングではかなりの上位です。 
かっぱ巻きの上に添えられているのは、フキとこんにゃくの煮物?
初めて食べる味。黒胡麻いっぱいでおいしい。やるじゃん。

P1000288_3

極めつけは、デザート。
「どら焼」!
わけの分からないケーキやババロア
もどきよりは、ず~っとましでした。





わたしの機内食ランキングNo1は、なんと言ってもアメリカ行きノースウエストの
「幕の内弁当」。
もう15年くらい前のはなしです。まだやってるかなあ。
最初、端正な顔立ちのスチュワード(当時はそう呼んでいた)さんに「ビーフ オア 
マクノウチ?」ときかれたときには、はあっ?
でも、ちゃんと駅弁みたいな幕の内弁当が出てきました。
新幹線に乗るときに東京駅で買う一番高~い幕の内弁当より豪勢でしたよ。
日本人意外にはどう言うのかと聞いていたら、"Japanese style lunch box" 。
そうしか言いようがないか。。。
もちろん、その次ノースウエストに乗ったときにはすかさず「マクノウチ、プリーズ」。


P1000289_2

機内誌を見ていたら
キャノンの広告が。
「桂能」って書くんだー。









P100050001

ちなみにマクドナルドはこう。






P1000479

ケッタンキーはこちら。







P1000463

おなじみのコンビニ。







P1000459 

コンビニついでに、こちらは
上海で一番ポピュラーな
地元コンビニ。





P1000500 

わたしが泊まったホテルの
1階にあったコンビニ。
「Alldays」
お世話になりました。




P1000478

関係ないけど、街で見かけた看板。
???













P1000508

上海空港国際線ターミナル

一番右の( )の中は、
港(香港)、澳(マカオ)、台(台湾)
う~ん。やっぱりどうしても台湾は中国と言いたいのね。   

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月13日 (火)

上海の夜

上海での宿は、外灘から北方向へ橋をひとつ渡ってちょっといったところ。ガイドブックの詳細地図では、たいていページの右上角ぎりぎりに載ってるか載ってないかというあたりです。中心部から言えば「はずれ」、ですかね。今回は旅のアレンジを間際になって始めたので準備する余裕がほとんどなく、結局JTBのエアー&ホテルのパッケージを利用。だから選択の余地はほとんどなし。場所も予約を入れてから確認したほどでした。

フロントにあったレート表を見ると、おそらくわたしの泊まった standard room で1泊338元(約6,000円)。日本の予約サイトで見ても 5,000円から 5,500円ほどです。これが中国で高いのか安いのかは知りませんが、普通の外国人観光客の泊まる宿としてはたぶん一番下のグレードでしょう。星二つ半てとこかな。

泊まった部屋はツインベットで結構広く、バスルームもそこそこ。タオルは汚いけどアメニティも揃ってます。ドライヤーだってありました。お茶のセットなんかも用意されていて、わたしとしては申し分なし。日本で言えば、場末のビジネスホテルって感じですかね。安くて広いけど、古くてダサい。もちろん日本語のできる従業員はいません。英語もかなりあやしい。

ひとつ難を言えば、地下鉄の駅から遠いこと。一番近い「南京東路」駅まで、案内には10分とか書いてあるけど、わたしの足ではどんなにがんばっても15分。ちょっと立ち止まったりしていたら、優に20分はかかります。上海を自分の足で歩こうと思うなら、地下鉄が便利。電車も駅もきれいだし、表示も分かりやすい。上海へ行こうという方がいらっしゃるようなら、宿は地下鉄の駅に近いところ、特に「南京東路」駅か「人民広場」駅がオススメです。

でも、今回に限って言うと、このホテルのロケーションは good でした。この中心部からの「はずれ」具合がよかったんですねー。というのも、たぶんここに泊まってなかったら、乍浦路(ザップールー)へは行かなかったから。乍浦路は上海にいくつかある昔ながらの美食街のひとつ。美食街とは文字通り飲食店が並んでいるところを言います。2日目の晩、どこで夕食をとろうかという段になったとき、単にホテルから近いからという理由だけで乍浦路に行ってみることにしました。

ホテルからぷらぷら歩いていくと、確かに大きなレストランや庶民的な食堂、それにスーパーマーケットや煙草屋さん(何故かこの辺りは煙草屋が異様に多い)なんかがずらりと並んでいて、ネオンもビカビカ。でも、どうも単なる美食街ではないような、な~んか怪しげな雰囲気が。ふと、とある小さなお店に目をやると、通りからもスケスケのガラス扉の向こうに応接セットが置いてあって、なんとそこに妙齢の女性たちが。しかも、他では絶対見ないような厚化粧に肌もあらわなドレス姿ですぅ! それも1軒ではありませんよ。他の店の女の子なんかバスローブ着てました。一応「マッサージ」とかなんとか看板が出てるようなんですが、これは明らかに殿方たちに夜の delight を提供する店ですね。上海にもあるんだー、こういうところ。そうですよねー。世界中どこに行ったってないとこなかったもんなー。そっかー、そうなんだー。そうだよねー。。。と、何故か変に足取り軽くなったわたしなのでした。

                   P1000498_3


ホテルから乍浦路へ行く途中にあったお店。
「成人保健」
さて、これは何のお店でしょう。
当たった方には記念品を差し上げます。









P1000310











地下鉄の切符販売機。
まず、降りる駅のある路線番号を押します。
すると画面に路線図が現れるので、降りる駅を探して駅名をタッチ。
そしたら運賃が表示されるので、お金を入れて終わり。
簡単ですぅ。

P1000347











出てくるのは切符ではなくてICカード。
これは単程票なので1回限り。回収されて繰り返し使用されます。
もちろんチャージできるのもありますよ。
日本も紙のキップやめて、これにすればいいのに。
そしたらゴミも減ると思うんだけど。

P1000358











こちらが改札。丸いプレートにタッチしてゴー。
P1000359










電車の中の路線図。
「友情提示」の文字が。「ゆずりあい」ってことなのかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

上海「水」事情

今回行って驚いたのは、上海の水が極めてまずいこと。まず、ホテルでシャワーを浴びているときイヤーな予感がしたんです。すごく臭いんですよ。わたしの故郷である神戸の水は Kobe Water などと言われ昔から外国船が寄港した際に喜んで積んでいくので有名ですが、実は水道水はすごくまずいんです。最近はかなり改善されたようですけど、わたしが子供の頃から生水をあまり飲まないのはそのせいじゃないかと疑ってます。シャワーを浴びているとき、それとおなじような臭いがしたんですよね。たぶん消毒薬がいっぱい入っているせいじゃないでしょうか。

味は神戸の水よりもっとひどかった。ミネラルウォーターのサーバーってあるでしょ。お水の入った透明なボトルを逆さにセットしてお湯と冷水の両方でるやつ。あれのコンパクトタイプのものがホテルの部屋に備え付けてあったんですが、どうも中に入っているのはただの水のようなんですね。インスタントコーヒーくらい濃いと飲めるんですが、いっしょに置いてあったティーバッグを試しに入れてみたら、やっぱり臭くて飲めませんでした。カフェで出てくる水も超まずいし、浦東の高層ビルにあるかなり高級なレストランで出てきたお茶も同じ臭いがしました。こんなまずい水で上海の人たちはみんなお茶を飲んでるの?せっかくの中国茶なのに。。。でも、高級レストランでそうなんだから、庶民もやっぱりそうなんでしょう。きっとお金持ちたちは高級烏龍茶を飲むときだけミネラルウォーターを使うに違いない。聞くところによると、お茶の葉を売っているお店では試飲にはミネラルウォーターを使っているらしいです。まずいという認識はあるよう。

でも、カフェで飲むコーヒーは意外とおいしかったです。もちろん中国茶を飲ませてくれる茶芸館も。きっとミネラル使ってるんだな。ただし、その分高いですよ。中国はお茶の国ですが、お茶を飲むには結構金がかかります。これは前回来たときガイドさんからおそわりました。成都(四川省の省都、日本の京都か奈良のような風情ある古都です。わたしの大好きなところ)でも、日本の珈琲専門店と同じかそれより高かった。上海でも事情は同じ。ただし、ポットでど~んとお湯がやってくるか、何度もお湯を注いでくれるので、何杯も楽しむことができます。成都ではお茶を飲みながら麻雀したりお話ししたりして茶芸館で何時間も過ごしていたようなので、それなら元はとれるかもと思いましたが。。。

上海の水のまずさもやはり、他に例をみないほど急ピッチで進む都市開発とそれに伴う人口集中によるものなのでしょうか。上海っ子も昔はもっとおいしい水を飲んでたのかな。誰かにきいてみたかったのですが、きく相手もおらず、???を抱えたまま日本に帰ってきてしまいました。どなたか上海人にお知り合いがいたら、きいといていただけませんか?

あまりにまずい水を飲まされたせいで中国茶への浪漫が吹っ飛んでしまったわたしは、帰るまでにそのショックから立ち直れず、茶葉屋さんでの試飲と購入という中国文化圏では恒例の儀式を今回はしないで帰ってきてしまいました。あー、残念。

P1000336_5











上海のカフェに入るとお手ふきの代わりにこんなティッシュが出てきます。
結構しゃれてます。
若い頃、いろんなお店のマッチを集めていたことがありますが、
いま上海に住んでいたら、このティッシュを収集してるかも。
でも昨今何があるか分からない中国のことですから、使わない方が無難?

P1000543_5











中にはお店の地図とか、ちょっとしたご挨拶が。

P1000541_3











こちらは上海老街の「老上海茶館」で出てきたナプキン。
「衛生湿紙巾」って言うんだあ。パンダ印が中国っぽい。
あっ、ちゃんとISOナンバーが入ってる。でもやっぱり信用できない。(疑り深い)
「去汚」「芳香」「方便」は分かるよね。あとのひとつは?
上海では街歩きをしながら、中国漢字解読作業に結構いそしんでました。

P1000303_4











これが「老上海茶館」で飲んだ花茶。
何度お湯を注ぎ足しても香りが消えずおいしかった。

P1000301_2











この子はお茶のトレーに乗っていっしょについてきました。
でも、けして「おまけ」ではないと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 9日 (金)

外灘 - その弐

外灘の西洋建築群は中山東一路という広い道路に面して並んでいます。その道路沿いを黄浦江が流れ、その対岸が浦東です。浦東を臨む黄浦江河畔は道路より一段高いテラス上になっていて、それが外灘沿いに何百メートルも続いています。まあ、香港は九龍の尖端にある尖沙咀プロムナードがう~んと長くなったやつってとこでしょうか。で、西洋建築群側を歩いていたら河畔側へ渡る地下道があったので(上海の広い通りは横断歩道のないところが結構あります)、それを通って地上へ上がると、土産物屋とか食堂とかが並んでました。どうやらここがプロムナードの中心のよう。人出も多い。と思いながらテラスへの階段をちょんちょんと登ったわたしは、またまたそこで「すごっ」と叫んでしまいました。そこには、人、人、人。「人」という文字を十個くらい重ねたら、その光景を一文字で表す漢字になるでしょう。超人気観光スポットですから明らかに外国人という顔も見かけはしますが、そのほとんどは中国人(とわたしには見える)、それも上海っ子ではなく地方から出てきたお登りさんの団体のようです。みんな浦東の近未来的風景をバックに記念写真を撮るのに大忙し。旗を高く持ち上げたガイドさんに連れられて、後から後から階段をのぼってやってきます。

数年前、チベットはラサへ行ったときも中国人の観光客はたくさんいました。当時中国の国内旅行はチベットやモンゴルといった少数民族の暮らすエリア、すなわち漢民族から言うと一種エキゾチズムを感じる場所に人気があるんだとガイドさんがおしえてくれました。それを聞きいて、中国も変わったもんだなあと思いましたが、それでもラサまでやって来る中国人観光客はやはりかなりのお金持ちだと思います。それにくらべると、上海に来ている団体さんはふつうの庶民といった感じ。

ニューヨークに行ったときも、行くとこ行くとこ観光客だらけでニューヨークが一大観光地であることに驚きましたが、やはりそこにもアメリカ国内からやって来ているお登りさんがたくさんいました。NBCのスタジオ見学をしたとき、ふだんテレビで見ている番組の収録セットを前にして「こういうところで撮ってるんだあ」と大はしゃぎするお登りさんたちを見て微笑ましく思ったものです。超大都会というのは、やはり何か人を引きつける魅力があるんでしょうね。東京も昔はそうだったんじゃないかと思うんですが、今はどうなんでしょう。アジアからの団体さんはまだ見かけますが、地方からのお登りさんが観光にやってきてるって感じは最近あまりしないような。東京という街はもう、それだけ力のない場所になってしまったんでしょうか。


 これは単なる動く巨大看板ではありません。日本でも街頭によくある大型ビジョンです。
 
上海は大型ビジョンが大好き。でも、これにはさすがにびっくり。ここまでするか。
 これ、かなりの大きさですよ。動画でないのが残念。
 「外灘プロムナード」にいる観光客たちの目の前を悠然と通り過ぎていきました。P1000295_6
P1000296_2







| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 8日 (木)

外灘 - その壱

ホテルにチェックインした後、さっそく一番近い観光スポット外灘(ワイタン/別名バンド)へとぷらぷら歩いていきました。ホテルから橋を渡って少し行くと、そこが外灘。

上海と言えば外灘!ですから、観光ポスターとかで誰でも一度は見たことがあるはずです。租界時代の西洋建築群が道沿いにずらっと並んでいる、言わば見慣れた景色。「ふ~ん、これが例の外灘ね」、がわたしの感想。まあ、概ねわたしは記念写真の背景になるような風景にはあまり心動かされないたちなのです。(でも、あまりに感動しないというのも考えものですよ。タージマハールに行ったときもやっぱり「ふ~ん」だったのには我ながら少し悲しいものを感じました。はるばるインドまで来たのにぃ。。。)だいたい、わたしは神戸っ子なので、西洋建築群にはあまり感銘を受けないんです。外灘なんて、神戸の海岸通りを10倍くらいスケールアップしただけじゃん。異人館なんて見慣れてるもんね。ということで、写真さえ撮らず。(まあ、あのスケールをコンパクトデジカメで観光ポスター以上に撮る自信がなかったからではありますが)

P1000294

で、左側に目をやると、これまた昨今とみに有名になった浦東(プートン)地区があります。こちらは外灘とは打ってかわって超近代的ビル群。東京の高層ビルやベイエリアの風景を見慣れているわたしたちにとってはさしてめずらしいものでもないので、やっぱりここも「ふ~ん」です。ただ、ひとつだけ目を引くのは「東方明珠電視塔」。これは浦東開発のシンボルと言われるテレビ塔です。(今のところアジアで一番背の高い電波塔。新東京タワーが出来るとこれを追い越すようですよ)
この、お団子をまばらに串刺しにしたような変な形は何なんでしょう。中国の設計事務所が担当したようですし、デザインした建築士の名前がまるで出てこないところをみると、海外の有名建築士の設計というわけではないよう。 どちらにしても、ちっとも格好よくない。美しいという概念からは程遠いしろものです。それどころか、どことなく幼稚くさい。そう、ひと昔前の小学生の書いた近未来都市ってこんなんじゃなかったかなあ。でも、これがあって初めて浦東は「近未来的」になる、そんな気がするのはわたしだけでしょうか。これがなければ、どこにでもある単なる「超近代的ビル群」にとどまってしまうような。格好悪くて幼稚だけど、「近未来的」という概念をこれ程あっさりと具現化してしまうこのデザインに、今の上海エネルギーの正体が隠れているような気がわたしはしたのです。この形を生み出した設計者の意図するところは計り知れませんが、もしそのコンセプトが「近未来」であったなら、もうまるでどんぴしゃ、と心ひそかに拍手喝采してしまうわたしなのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 7日 (水)

百聞は一見に如かず

2回目の中国、初めての上海。

浦東空港から街の中心部へと向かう車の中で、わたしはすでに「元はとったゾ」と内心ほくそえんでおりました。

空から眺めた上海近郊は、きれいに区画された農地らしきものに2,3階建ての家が散らばるのどかな風景でした。でも、市街地のふちを舐めるように流れる黄浦江が近づいてくると、突然超高層ビルの林が出現。思わず「すごーっ!」。

上海が大都会なのは知ってます。とりわけ、2010年の万博をひかえた今、インフラの整備が大々的に推し進められ、仕事を求めて地方から流入してくる人々で人口もうなぎのぼり。さぞかし騒々しいことだろうと予想はしていたのですが。。。でも、この超高層ビル群はわたしの想像をはるかに超えてました。しかも、そのあいだを首都高みたいな道路が縫うように走り車がビュンビュン行きかっている。ヒェッ、東京よりすごいかも。だって、あのビルほとんどみんな住宅ですよ、住宅!

川沿いを高層ビルが立ちならぶ姿はまるでマッハッタン。ベランダに洗濯物がひるがえる高層アパート群は香港の密度を少し疎にした感じ。つまり、縦ばかり感じる香港に横の広がりを付け加えたとでも言いましょうか。

前回行った広州も大都会だったけど、これは違う、違う、違う!

ここに充満しているエネルギーには今まで行ったどの都会とも違う異質なものを感じます。

上海についてはいろいろテレビや雑誌で目にしてきたけれど、実際にその場に身をおいて自分の目と耳と肌で感じるというのは、やっぱりまるで違います。これだよ、これ。これが旅の醍醐味っていうやつで、だから旅はやめられねー。と、そう思ってしまうわたしなのでした。


車窓からの写真なのでめちゃイマイチですが。。。
better than nothing ということで。
P1000507_2  P1000504_2 P1000503_4










| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月 2日 (金)

旅立ち

Hellow,

ただ今、成田空港第2ターミナル。
これから空を飛びます。
国境を越えるのは久しぶり。

なぜか、きょうの成田はすいてます。
行列まるでなし。
すいすいすいっと出国ゲートを抜けちゃいました。
で、時間余っちゃったので、Yahoo Cafe に来ています。

ここは、まったくのただでネットできちゃうんですね。
ひとり旅人の暇つぶしにはもってこい。
オルゴールのBGMで、けっこう落ちつきます。
だけど、やっぱり他の日だといっぱいだったりするのかな?

けさの成田はあいにくの曇り空。
飛行機たちも、こころなしか重たげに見えます。
でも、目的地の天気は晴れ・・・のはず。

ではでは、行ってきます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)