2009年11月12日 (木)

きょうのごはん、と過ぎる

今度の新月は17日ですが
わけあって、その日は絶食できない
ので、きょうプチ絶食しました。

といっても、さらにわけあって
いのちのスープの食材が
集められないので
代わりに、じゃが芋でポタージュ。

小さめの芋が3ケ。
これで絶食と言えるのか。。。

まあ、「プチ」ですから「プチ」。

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まっ白だあ。





       自信が過ぎると自惚れになり
       謙虚が過ぎると無責任に至る。

       ほどよく自分をはかる。
       これが出来れば万々歳。

       生きるのがむつしいとは
       そういうことだ。

       しょせん、ふつうの人間には
       出来やしません。

       あちこちぶつかりながら
       ころ合いをみつけましょ。

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2009年11月11日 (水)

きょうのごはん、と慣れ

なぜか「焼きギョーザ」の姿が
頭から離れなかったので
つい焼いてしまったのですが
エビとレンコンという具から考えれば
「蒸しギョーザ」の方が正解だったかも。
たぶん、頭の中のギョーザは肉たっぷり
だったんです、たぶん。

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エビとレンコンのギョーザ
厚揚げとブロッコリーのトマト煮
コンニャクの含め煮
きのこと白ネギとのジンジャースープ




     きょうは、こちらを見てまいりました。

     シェイクスピアを下敷きにした
     狂言師とオペラ歌手のコラボ。

     1年前には『リア王』
     今年の6月には『オセロ』と
     続けて見てまいりましたが

     なんかこう、だんだん狂言らしさが
     なくなっていくというか。。。

     初めて見たときの感動と新鮮さが
     失われていうくというか。。。

     それはたぶん見ているわたしの方に
     「慣れ」が出たからかもしれません。

     でも、「慣れ」は
     「惰性」にもなれば、「慣性」にもなる。

     「慣性」とは
     常に変化する環境に対応するために
     宇宙があみ出したひとつの技術。

     「惰性」は、ただ変化を腐らせるのみだけど
     「慣性」は、表面の目新しさに慣れた目が
     そこに別の何かを見出すチャンスをくれる。

     「慣れ」が出ても、もうひと呼吸
     まわりを見わたしてみるといいのかも
     と、思ったり。

     来年6月はいよいよ『ロミオとジュリエット』
     「慣れ」の向こうに何か現れるのか見届けに
     また見にまいりましょう。
     

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きのうのごはん、と桁

今回のごはんは、わたし的に
絵としてはなかなかの出来だ。
景色のいい食事は中身もいい、はず。

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エビマヨ
焼き厚揚げ
ひじき+びり海苔しらす
白ネギとしめじのお味噌汁





     人間の目の解像度は0.1ミリくらいなんだとか。
     (それくらい離れていると二つの点と分かる)

     一方、細胞の大きさは0.03ミリくらいだそうだ。
     
     0.1ミリは分かって、0.03ミリは分からない。

     たったひと桁の違いで、世界は変わる。
     
     どんなにがんばっても
     分からないことだらけなわけだ。

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2009年11月 9日 (月)

きょうのごはん、と eager

ギョウザの皮でラザニアができる
と聞いてやってみました。
皮を熱湯でふやかすのが秘訣。
これでギョウザの皮が無駄なく
使い切れます。

お釜が来てから初の炊き込みご飯。
今回だけは、おコゲばんざい!

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ギョウザ皮のラザニア
きのこの炊き込みご飯
大根と油揚げのお味噌汁

         それらしい?
        P1060057_4





日本人の書いた英語を読んでいると、外国人の書いたものよりも読みやすいことが多い。それはたぶん、どんなに英語を巧みに操る人でも、やはり頭の中のシンタクスは日本語だからなのだと思う。これは、頭の中ではまず日本語で文章を作っているという意味ではなく、たとえ最初から英語で文章を組み立てていたとしても、その言葉が形になって出てくる一瞬前まで頭の中に漠然と存在していたアイデアそのものは日本語のシンタクスをもとにしているという意味だ。大脳の神経細胞の繋がり具合が日本語仕様になっているというか。だから、同じ日本人がそれを読むと、その特定の英語の単語がなぜそこに登場するのか、その特定の英語の単語がどういう意味でここに存在するのかということが、いろいろと想像をめぐらさなくても「わかる」。

きょう、ある日本人が書いた英語の文章の中にこういうものがあった。

Everyone is eager to live.

eager とは「切望して」という意味だ。

もし、これが外国人の書いたものなら、この「切望する」という辞書的な意味に捉われて、訳語をあれこれ捏ねまわしただろう。でも、日本人の書いたものだと知っているから、何のためらいもなく、というかほとんど思い込みのように、わたしの頭はこう翻訳した。

みんな一所懸命生きてるんだ。

もしかしたら本人は違う意味で書いたのかもしれないが、少なくとも日本人という視点がなかったら、わたしの頭に “eager” から「一所懸命」の繋がりは生れなかったろう。

日本人の書いた英語を読むのも時にはいいと思うのは、たまにこういうことがあるからだ。そして、外国人の書いた英語でもこういうことが起こるようになるといい、と、これから死ぬまでどれほどの英文を読み倒してもそんなシンタクスはわたしの頭には形成され得ないと思いつつ、少し eager している。

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きのうのごはん、と地図

きのうは夜のお出掛けだったので
軽く昼ごはんにこちら。
カレーの残りでうどん、です。

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お蕎麦屋さん風カレーうどん




     フラワーエッセンス講座の補講で
     成城へ行きました。
     で、地図で調べてみたら
     うちから自転車で行ける距離だった!

     な~んだ。
     じゃぁ、世田谷美術館にも
     自転車で行けるんだあ。

     ふだん見るのはたいてい電車の路線図で
     あれってかなりデフォルメされてるし
     根っからの東京人ではないせいか
     自分では車の運転をしないせいか
     本当の位置関係がよくわかってないのです。

     地図で見ると、それまで頭の中で
     点と点だった場所がつながって
     新しい絵が出来上がっていく。

     なんだか少し
     世界が広がるような気がします。

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2009年11月 7日 (土)

きょうのごはん、とLost in Translation

きょうも午後からお出掛けで
外出前にちょちょいと、な。
こんなに遊んでばかりいて
いいのか、わたし。

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かぶと大根と鶏肉のさっと煮
ひじき煮
びり海苔しらす
みょうがのお味噌汁




     きょうのお題は、こちら

     柴田元幸さんとテッド・グーセンさんという
     ともに「翻訳家」の肩書き持つお二人が
     自らの人生にあったいくつかの「その時」に
     耳をかたむけていた歌を拠りどころとして
     互いの国、人、文化について考察をする
     という企画です。

     アメリカ(あるいはカナダ)では戦後
     日本と中国が交互に悪玉と善玉を
     演じていたのだとか。

     たとえば戦後すぐは日本が悪者で
     戦略されていた中国には同情を。
     それが朝鮮戦争時代になると
     今度は中国が悪者で、日本は
     なかなか真面目にがんばってるじゃん
     という具合。

     興味深いですね。

     アメリカに対して日本はいつも
     程度の差こそあれ
     ある一定の距離感を保って
     寄り添ってきたと思っていたのに
     アメリカにとって日本はいつだって
     あっさり赤の他人だった、わけだ。
     
     えっ? 翻訳のハナシはどうだったって?

     きょうはそれがメインテーマではなかったんで。。。

     ただ
     lost in translation (翻訳で失われるもの)
     という永遠の堂々巡りはここでも1度
     巡ってましたけど。

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2009年11月 6日 (金)

きょうのごはん、とアンチ

きょうは午後お出掛けだったので
帰ってすぐ食べられるように
朝からカレー作り。
市販ルー使いなので、簡単 ^^;

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砂肝としし唐のカレー
かぶとブロッコリーのジンジャー卵スープ




     たぶん生れる前から阪神ファンだった
     とはいうものの

     「日本シリーズ、巨人が王手」

     と聞いて、がっかりした私は

     どんだけアンチ巨人やねん。

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2009年11月 5日 (木)

きょうのごはん、と平気

すったレンコンにゲソを混ぜて
(ってここまではいつかやった様な)
油揚げに詰めてきんちゃくにしました。
欲張りすぎて、巾着デカすぎ。

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レンコンきんちゃく
さんまのしそ蒲焼
カボチャのひじき煮
かぶのお味噌汁





     悟りといふ事は如何なる場合にも
     平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、
     悟りといふ事は如何なる場合にも
     平気で生きている事であつた。

                   正岡子規 『病牀六尺』

     悟ってしまっている人は案外じぶんではそれに気づかず 
     当り前を当り前に生きているように思う。
     悟れないものだけが、悟りをことさらに口にして 
     なにか難しいもののように論じる。

     遠くに追い求めるものは崇高に見えがちで 
     そのせいで追い求める価値があるように錯覚もするけれど
     真理はいつも当り前にそばにあるもの。

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2009年11月 4日 (水)

きょうのごはん、はかわりに

こちら。夜のライブで。
撮るまえに、もう飲んでるし。。。

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     ライブの主人公はこちらです。
     その名も “CHAKORA”
     P1060021

     “CHAKORA” とは
     関西弁で「チャコたち」という意味だ
     と言うんですが
     確かに「われら」とか「かれら」とは言うけど
     「わたしら」と言ったら、急に
     関西弁やん。

     P1060019

     チャコさんはわたしが大阪で働いていた頃
     ヴォーカルのレッスンを受けていた我が師
     なのであります。

     子供ショーで “オモチャのチャチャチャ”
     なんかも歌っちゃうチャコ先生は
     「七色の声」を持つことで有名。
     その「七色」ぶりは今でも健在でした。

     わたしが大好きなチャコ先生のオリジナル
     “と・び・ら” のアコースティック・バージョンが
     CDになって出るそうです。
     出たらさっそく買わなくっちゃ

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きのうのごはん、と見てくれ

カボチャをホワイトソースでからめて
グラタンにしました。
ほっこり甘くて美味しい。。。
ご飯はやめて、こればっかりでも
よかった、かも。

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豚バラとレンコンの甘煮
カボチャのグラタン
カリフラワーのポタージュ





     やっぱり、見てくれの奇麗な人って得だと思う。

     そうでない者にくらべて少なくとも1日1回は
     ため息の数が少ないだろう。
     それにしたって一生にすれば大した違いだ。

     でも、見てくれの奇麗でない者は、その分
     息の仕方が分かるようになったと思えばいっか。
     ちっちゃな苦労がいろいろあって、やっと
     まともに生きられているのかもしれないし。。。

                 P1050908

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